2019年04月29日

平成も後1日残すのみとなりました。

個人的なお話になりますが、私が結婚したのが平成元年5月28日であり、カミさんと色々ありましたが何とかかんとか平成を乗り切って、令和の時代へと突入する事になりそうです。
平成の時代は、バブル期の終わりから始まった時代であり、お金の使い方も今に比べると随分と派手に使っていた様にも感じられますが、またそんなお金の使い方をしていても、その分シッカリと働けば何とかなった時代でもあった様に思います。
現在の仕事とは全く異なる業界で仕事をしており、所帯を持ったと云う事もあって平成の時代に於いては随分と仕事をしていた様にも思えるのですが、その仕事が好きでやって居たと云う事もあり全く残業が多く合っても気にもならず、今でいえば過労死の認定時間を大幅にオーバーする位の残業もこなしていましたが、若さと云う事もあったのか全くどうと云う事も無く平気で仕事に没頭していました。
また、そうやって仕事をしていた関係もあり、休みを取る時には必ず家族を旅行に連れ出して、随分とお金も使った様に思います。
自分の仕事人生の中で、最も充実していた時期が平成の時代だったと云えるのかも知れませんが、その時代が幕を閉じて次の時代へと移って行くのを実感すると、自分も年を取ったのだなあと思ったりもする今日この頃です。
平成の時代には、現在と異なり貿易関係の仕事をしていた事もあり、商社や報道機関、メーカーや銀行等の世の中の動きを実際に回している会社とお付き合いをしていた事もあり、ライバル会社との競争やら何かと気の抜けない日々を送っていた為、夜中に夢を見て魘されたりして本当に精神的にはギリギリの状態で日々の生活をしていた様に思えます。
ライバル会社の仕事を取る為に、大手商社を相手にして世界中のエリア毎に分けられている仕事をソックリ取った時は、流石に社内でも驚かれましたし、相手のライバル会社の中でも私の存在は脅威として覚えられて居たようですが、この事は後日、私がその会社を退職する際に、たまたま同じマンションに住んでいたライバル会社のご家族がオランダへ駐在員として赴任すると云う時に、そこの奥様が私の妻に「うちの旦那と同業者の○○会社の方がご退職されるらしいのですが、お宅の旦那さんも○○会社にお勤めだったわよね?」と聞いて来たと云うお話であり、まさかウチがその本人ですとも言えず、業界内で私がその会社を退職する事は、ちょっとしたニュースとして広まっていた様でしたので、変に調子に乗った行動をしないで、静かにしていて良かったと云う思い出がございました。
この会社を辞めるきっかけになったのは、自分の娘が「ギランバレー症候群」と云う病気になって仕舞い、周辺のクリニックを片っ端から廻ってみても何処もシッカリとした答えをしてくれなかったので、思い切って隣の県にある「自治医大病院」へ診て貰いに云った所、そこの小児科の先生から、もしかすると非常に稀なケースですが小児であっても掛かる事の有り得る病気と云う事で「ギランバレー症候群」では?と云う答えを頂き、もしそうであれば緊急入院して免疫療法を受けなければ死んでしまうと云う事を云われて、直ぐに入院をさせ毎日見舞いに車で片道3時間を掛けて行き来をしておりましたが、流石に毎日は大変であり仕事が続かないと云う事もあって、仕事より子供だと云う事で会社を辞めたと云う経緯がありました。
そう云う事もあって、世の中には医療と云う分野の仕事もあるのだと云う認識が生まれ、次に職探しをする際に医療関係の会社を探して職に就いた訳ですが、その時のご縁で今の様な開業コンサルタントの仕事をさせて頂く様になった訳です。
人の人生等はどの様になるのかは全く予想が付きませんが、平成の時代を生きて来てモーレツ社員からコンサルタントへ変貌した一人の男がいたと云う事実が有りましたが、これから『令和』の時代にはどの様になるのか?自分の中に蓄積された物を、多くのドクターに還元しながら喜んで頂ける仕事が出来ればと思っております。
posted by 医院開業物件パラダイス at 18:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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